いくつかの箱庭

もう既に有る世界に
押し込もうとしないで。

そんなもん取っ払って
ただ一言ほしかった
「そうなんだね」
受け入れてほしいと願った
私の中の世界を。

足掻いても
誰もわかってくれないなら
もうそれを受け入れる。

同じ事を考えて
苦しい人たちもいるのだろうか。

親も精神科の先生も
私という人間を相手にしてるのではなく
相手の想像の中の私でしかなかった。
それは相手の想像した人物。
私ではないような気がした。

でもそれは
特に悲しむべきことではないのかもしれない。

いくらでも
私を作れるということだ。
曲のなかでも
物語のなかでも。

それは無限。

私は私しか知らなくていい。
私の物語の中で生きられるから。

作り物の私も私。

これはもう
楽しむしか道はないのだ。

ミレオとクレオのお部屋⭐︎

タロット好きな主婦が 占いについて話してみたり。 関係ないことを話してみるブログです。

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